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 『戦国無双4』の織田信長とその周辺について、今さらのことかも知れないが、考えてみる。
 信長は自分に「背ききれ」と常々言っていた。そして長政、久秀、光秀といった面々が信長に謀反した。
 この場合の「背ききれ」というのは、信長という大きな存在に盲従することではなく、大きな存在であるほど、それに挑み乗り越える、いわば岡本太郎がピカソを超えようとしたような、強い意志や自我を持てという意味なのだろう。
 信長が、史実どおりとはいえ、利家に対して、彼よりも器の大きい慶次を差し置いて当主につけと命じたのも、前田家において「背ききる」という出来事が起こることを期待したのかもしれない。
 『戦国無双4』では、史実の謀反人として知られる長政、光秀はむしろ誠実な信長の忠臣として描かれている。しかし長政は、自分の野心のためというより、ある種の使命感をもって、信長に謀反を起こしていた。そして光秀は、久秀の死に「背ききれぬか。無価値」と言い放った信長を見て、世界を変える決意をして謀反を起こした。ついでにいえば、親友の孫市を処刑せよと信長に命じられた秀吉も、この時点で信長に背くことを決意していた。誠実なはずの長政や光秀に、むしろ謀反を起こすことを求めているような言動を取るあたり、やはり信長は、彼らが誰に屈従することもない、強い自我であれと求めているように思える。
 そしてやはり重要なのは、最初から信長への叛意満々であり、自分の運命にこだわる自我の持ち主だった久秀には、信長は非常に寛容だということだ。作中では、最初の対決、浅井への謀反そそのかし、信貴山での最後の対決と、つごう3回にわたって信長は久秀を許している。これが意味するのはやはり信長が、久秀の信長を乗り越える意志の強さを認め、それを完遂することを求めていたということだろう。だからこそ信貴山で、もはや信長と戦っても勝てないから自害しようと決意した久秀に対しては、自分を打ち倒さないことを「無価値」と軽蔑したのだ。この場合、茶釜を差し出し、信長の靴を舐めてでも生き永らえ、そして今度こそ機会をつかんで信長を打ち倒すことが、信長が久秀に求めていたことなのだろう。『戦国無双4Ⅱ』の反逆の章では、まさに久秀がそれをやっていたようだし。
 してみると面白いのは、剽軽で仲間思いな秀吉、そしてとりわけ誠実で優しい光秀が、最後に信長に背ききった者となったことだ。明智光秀像というのも星の数ほどあるものだが、この作品での光秀は、本当なら信長を王者と認め、その忠臣でありたいと願いつつも、信長の「自分を乗り越えろ」という要求に最後は応じて、謀反を起こすことで明智光秀という自我を全うした。
 『戦国無双』シリーズの信長は哲学的な人物だとしばしばいわれているようだ。今作では、その信長の台詞が比較的少なく、ダークヒーローとしての行動が多いともいわれているが、こうして見てみると、確かに哲学的な人物だ。
 最後に天下を統一し、自分の自我を守りきったともいえる家康に対しては、信長は「背け」と要求せず、浅井朝倉戦などにおいてむしろ、自分の理不尽な要求への服従を求めている。これは、「徳川の章」などで見られるように、家康の自我はすでに完成しており、背けと求めなくても背くことがわかっているから、その家康の強固な自我を鍛錬するために、あえて過酷な試練を与えているともいえそうだ。「着実に歩みを進め、時には大切なものを守るために鬼となることも辞さない」という家康は、ある意味信長の一つの理想像といえるかもしれない。してみると『戦国無双4』も、人間とはなにかを問う物語だといえるのかもしれない。
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ストレンジャー 小森灰斗の人間大戦略

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