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 福井晴敏氏の『機動戦士ガンダムUC』は面白い。
 福井氏自身も非常にうまい作家であり、扱うテーマの「ガンダム」も非常に奥の深い、日本のアニメ・漫画史上に大きな影響を残した名前だ。戦争をテーマにしてきた福井氏とのコラボは、理想的なコラボと言ってよい。
 だから『ガンダムUC』全10巻はどこもみどころの宝庫であり、座右の銘にしたい言葉、迫真の名シーン、巧妙な伏線や力のあるクライマックスなどがたくさんあるが、その中でも特に、思わず取り上げて論じてみたくなる場面があった。
 それが、8巻での、初代ガンダムの登場人物カイと、『ガンダムUC』で初登場の連邦の高官であるローナンとの交渉の場面だ。この場面自体は、ストーリー全体ではそこまで重要度の高い場面ではない。ローナンが情報のリークをカイに頼んで断られるという、言ってしまえばそれだけの場面であり、この場面をカットしても物語は進むだろう。
 けれど、あるいはだからこそ、僕はこの場面のことは特に重視したいと思った。
 なぜなら、この場面は現実の世の中でも交わされていそうな会話であり、オードリーやフロンタルのようないかにもアニメキャラ然としたキャラとはまた違う、現実の人間と地続きの雰囲気をもつ、35歳のジャーナリストのカイと、壮年の政治家のローナンとの間の、現実的な会話だからだ。交渉の結果が実りのないものになったというのも、理想化のバイアスがかからなくてよい。登場人物から、交わされた会話の内容まで、様々な部分が、いわゆるアニメにはない味わいがあると思うのだ。
 二人の会話は、まずローナンが「ようこそ」と挨拶し、立ち上がって迎えに出るところから始まる。そしてローナンは力強い握手でカイを威圧するが、カイはそれに動じることなく、冷静に愛想笑いを返すのだ。
 本当になにげないやりとりだが、この時点でまず熱い。なぜなら、たとえば僕がどこかの出版社の社員で、国会議員か社長に会いに行った時に、年齢も地位もある相手からこんな風にされたら、たぶん「おお、こんなえらい人なのに、なんて優しくて人徳のある人なんだ!」と思わず感動してしまうかもしれないからだ。その点カイは、社会的な年齢や地位は高くなくても、あの栄光の初代ガンダムの舞台で、アムロやシャアといった名優と競演したアニメ・漫画の歴史のスターの一人だ。たとえ相手が強大な権力者だろうと、鷹揚そうな演技でたやすく懐柔されたりはしない。このさりげないやりとりのうちに、福井氏のカイというキャラに対する深いリスペクトが伺える。また、さりげないやりとりで緊張感と力関係を演出する妙味は、さながら千利休の「わび・さび」の精神にも通じる深みがあるのではないか。
 そして二人が本題に入るまでの間に、4ページほどのやりとりがある。この本題までの会話は一見無意味なようでいて、ローナンがラプラスの箱の名前を出し、カイがローナンの要請を断るまでの流れの伏線として、なくてはならない会話だ。これがなく、いきなりローナンが「単刀直入に言おう。私のために情報をリークしてくれ」と言い、カイが「お断りします。権力闘争に巻き込まれるのはごめんです」と言ったならどうだろう。読者は味も素っ気もない交渉だと思い、作者の腕を疑うことだろう。これもいちいち言うまでもないことのようにも聞こえるが、それこそ世の中には、その腕のない作家というのはいくらでもいるのであり、だからこそ福井氏の腕を称える意味があるとも思うのだ。
 本題であるラプラスの箱の話までに、カイとローナンは2つの話題で話をする。1つは、ジオン共和国のモナハン大臣の話であり、2つは、カイのジャーナリストとしての姿勢の話だ。どちらも、下準備の世間話であるが、本題とも無関係の話ではなく、さらに1つめの話はジャーナリストとしてのカイに対するエサでもある。この辺りの福井氏の話題の配置のしかたは、とても巧みだ。モナハンの裏の顔の話は単にジャーナリストにとっておいしいネタであるだけでなく、カイがラプラスの箱に関する依頼を引き受けないと危険なことになるぞ、という脅しとしても機能している。そうした巧妙で多くの意味を持つ伏線を張ったローナンの政治家としての手腕もうかがえるし、それに判断力を曇らされないカイの胆力もさすがというべきだ。2つめの話題も、ラプラスの箱への直接の伏線であり、なおかつ、1つめの話題とも微妙に接点があり(ジオン共和国のスキャンダルにのってこないという)、カイの立場や考えを読者に紹介する役にも立っている、これまた多くの意味を含んだ会話だ。こうやって、短い会話にも多くの意味を含ませて、読者に行間を読ませることこそ、うまい作家というものだろう。この会話で二人の間で交わされた「風見鶏」という言葉が、ローナンがカイに依頼をする引き金にもなり、さらにはその後にローナン自身に突き刺さるブーメランにもなっているのだ。その後のマスコミとフリーランスの話にしても、この世界の社会のしくみが、現実の社会とも地続きで感じ取れる良い文章だ。また、ここでいう「大衆」という言葉も、またガンダムの大きなテーマの一つだともいえる。
 そして、ラプラスの箱の話題を出してから、依頼の背景を説明するくだりまではローナンの語り口は順調だが、カイが軍拡の話で釘をさすところから、うまく流れが切り替わっている。ほんの一言で、ローナンの隠していた、積極的に見せようとしなかった保守派の弱みをさらけ出させたカイはあざやかというほかはない。会話や交渉の場面を作るなら、ぜひお手本にしたい一言だ。そして、このポイントを理由にしてのローナンへのカイの拒絶は、そのままローナンに代表される連邦という大きな権力機構への、修羅場を潜ってきた一個人からの批判でもある。
 今さら僕などが言うことでもないかもしれないが、『ガンダム』は光と闇、正義と悪の戦いではない。連邦とジオンのどちらにも言い分があり、またどちらにも反省点があるのだ。しいて主人公サイドを挙げるとすればアムロやブライトやカイやバナージのような個人だが、それに関しても、単純に個人の連帯による権力機構への正義の反逆、という図式に持ち込むことは拒否されている。しいて余談を言うならば、この辺りの『ガンダム』における個人対権力の構図を見誤り、主人公サイドのラクスやキラを新たな権力機構にしてしまったことが、『ガンダムシードデスティニー』の過ちの一つだということはできるかもしれない。が、それはともかく、カイにしてもバナージにしても、『ガンダム』における個人は決して権力や組織による横暴を許すことはなく、常にその強大さゆえの過誤を指摘し続けている存在だ。この点においても、ローナンの要請を拒否したカイは、よき『ガンダム』の個人主義者としての面目躍如たるものがあるだろう。
 カイが装備拡充の話題、すなわちかつての理想主義者ローナンが現実に屈して保守派になりはてている証拠を持ち出してからは、とんとん拍子に話が進む。この辺りは、このカイとローナンの短い会話だけで、良質な推理小説を一冊読み終えたような気分になれる。カイはローナンの境遇と心境に理解を示しつつも、それは自分の道とは相容れないときっぱり拒絶する。この辺りには、カイが、というより福井氏の妥協やなれあいを許さない厳格さ、清廉さがうかがえる。同時にここでローナン視点で会話が進められていた意味も読者は察することができる。交渉が決裂することで、カイにも連邦中枢へのコネクションを作れない、時代の中心へ参戦できない(彼はそもそもそれは望んでいないだろうが)といったデメリットがあるが、それ以上にローナンの失意が大きかった。単に権力闘争のコマが一つ入手し損ねたという程度のことではない、理想を捨てたことの代償の大きさが、ローナンの嘆息から味わえる。これは単に作中のローナンのみならず、大人になっていく、あるいはいま大人である読者にとっても、現実に妥協した場合にどれほどの代償が待っているかを察することのできる、深みのある描写だ。最後にローナンがブライトの身柄を人質にとって粘ろうとした時などは、それがカイを怒らせるだけの汚い手であることと同時に、そんな手にすらすがらざるを得ないローナンのつらさがわかる。ここでローナンを気兼ねなく非難できる人間は、そう多くはないだろう。大なり小なり、ローナンのようにならざるをえないのが大人であり、社会人なのだと思うのだ。
 ここで何らかの救いをリップサービスめいて与えることは、やろうと思えばいくらでもできるのだろう。けれど、それをあえてやらず、苦い結末にとどめたところに、福井氏の潔さと強さがある。ローナンはこの場で苦汁をのまねばならなかった。けれど、苦汁とは即死する毒薬ではない。苦いし、諦念を覚えもするが、死ぬことはない。そもそもローナンの味わった諦念は、それこそ大昔から大人の男が味わってきた諦念ではないのか。これからもローナンは汚い大人として生きていく。変な夢に溺れて現実を投げ出すでもなく、自棄になって酒に溺れるでもなく、くたびれた背中を妻子に見せつつ、日々コツコツとお偉いさんを演じていく。それを思うと、ローナンとはただ『ガンダム』の一登場人物であるだけでなく、すべての人間に通じる普遍性を獲得した偶像であるとも感じる。
 苦さが世界や人生のすべてとまで言うこともないだろう。しかし、一面の真理をついているのは確かだ。だからこそローナンの嘆息は、僕の胸にも深く響くのだ。その嘆息から目を背けることなくじっくりと見つめ、表面的な「無為に終わった時間」という言葉に惑わされることなく、その向こうにある「無為でありながら、あるいは無為であるがゆえの力強さ」のようなもの、すなわちタフさを把握することが、この小さなワンシーンをとことんまで味わいつくす秘訣ではないかと思うのだ。
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