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最近、たまにネット小説を読む。
とくに「リゼロ」などはまだ公開されているが、さすがのクオリティーと文章量だと思う。僕には、とてもあそこまでのことはできない。目指すべき高峰である。

しかし、それはそれとして、どうにも気になったことがひとつ。靴の中に入った砂粒といおうか、奥歯にはさまった肉片といおうか、これを放置しておくとスッキリしない。

それは、作中で読者が「おや?」と思うような、違和感のある描写を、「いずれこの描写の理由は判明するから」と言って、そのままにしておく作者だ。

今あげたリゼロでいえば、よく言われるのは「なぜスバルは、あれほど献身的なレムを振ってまでエミリアに好意を向け続けるのか」ということだ。アニメの18話なども、それがあって、どうにも素直に感動できなかった。
これについて、「魔女がスバルにかけた呪いが関わっているらしい。いずれ明らかになる」という話は聞いたが、その答えはいつ明らかになるのだろう。少なくとも最近、本編は半年ぐらい更新されていない。目指すべき高峰でも、違和感を指摘しないで済ませたら、それは尊師様である。

リゼロだけの話ではない。
主人公がやたら上から目線だったり、ヒロインがDQNな行動を取っていたり、チートな師匠キャラがいたりと、そういう俺ツエエ小説は多い。そして、そうした問題点を読者から指摘されたときに作者が言うのが、「これは俺ツエエがしたいんじゃない。展開上の理由があるんだ」という弁明である。
しかし、それで読者は納得してくれるだろうか。少なくとも僕はできない。その理由はいつ明かされるのか。ただでさえネット小説は商売ものの週刊誌のように毎週かならず読めるとは限らず、いつエタるかわからないのだ。そして、その理由が明かされたとして、それが読者を納得させ得る理由になりえるのか。

以前読んだとある小説では、横暴の限りを尽くしたヒロインが、学校ではいじめられ、才能があるという理由で訓練所に放り込まれて苛酷な訓練をさせられていたために性格が歪んだという説明があった。これを見て僕が思ったのは、「不幸な過去設定が2ちゃんで叩かれるわけだ」ということだ。不幸な過去を設定しておけば、作中での横暴な行動がなんでも許されると思うのは、それこそ作者の御都合主義である。たとえば殺人犯が幼少時に虐待されていたことが判明したからといって、その犯人の罪が減じるわけではないし、被害者に対する償いの必要が薄れるわけではない。不幸な過去設定によるDQN行動というのはむしろ、そのキャラは不幸な過去を自力で乗り越える力のないヘタレであるという情けなさが明らかになるだけである。三重苦を自力で乗り越えたヘレン・ケラーの爪の垢でも飲めといいたい。

そして、これだけは強調したいが、作者は自分の作品に対して言い訳をするべきではないと思う。読者から「ここが変じゃない?」「これは気持ち悪いよ」と言われたとき、「いいや。これこれこうの理由で筋はちゃんと通っているんだ」と作者が説明して、それで何かが解決するだろうか。作者の気持ちがどうあれ、読者はリリースされたいま現在の作品を閲覧して、それに対する反応を返す以上のことはできないのだ。読者に対して作者が「僕の気持ちを察してほしい」というのは、筋違いであろう。

僕とて、シナリオやエッセイを公開している以上、いつどこでどんな間違いをしでかしているか知れたものではないし、どう誤解されるかもわからない。けれど、誤解や曲解を恐れていては作品公開はできないとも思う。どんなひどい誹謗だろうと、世に出した以上甘んじて受けるべきだと、僕は思う。ただ一方で、僕自身もまた読者であり、他の人の作品をこうして批評したくなることもある。リゼロのような有名な作品を別として誰それのこれがどうとあげつらうことはしないが、しかし、上に書いたような問題行動が、一部のネット小説の素人くささを助長しているのは事実だと思うのだ。公開するからには、批判を謙虚に受け入れ、よりよいものを作る努力はおこたるべきではないと思う。
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テーマ : 二次創作:小説 - ジャンル : 小説・文学

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