伯陽堂 http://hakuyou.la.coocan.jp/

プロフィール

Philo

Author:Philo
中国思想、仏教、オタク文化などが好きです。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
走馬灯戦記 10話感想
製作者:もぐら様

 もぐらさんの『走馬灯戦記』10話の感想をお送りします。
 今回は、林家倫理学は一旦お休みのようです。
 助かりました。連続であんな濃密すぎる情念をぶつけられたら、
 僕のヘッポコメンタルが持たないと思いましたから。
 とにかく今のもぐらさん、半端なく「濃い」です。

 ごくナチュラルに防衛隊に入ってる猟惨泊の面々にくっそわろた。しかも佐野や由宇とのやりとりが和む和む。これだよ、これなんですよ。人間、シリアスだけで生きていくわけにもいかないと思うんです。うちの祖母の好きな作家の遠藤周作さんは『海と毒薬』や『沈黙』などクッソシリアスな小説を書く人ですが、一方で、「狐狸庵」という筆名で、軽妙洒脱なエッセイをものしてもいます。『ニンジャスレイヤー』では「右(シリアス)か左(ギャグ)のどちらかに傾きすぎると死ぬ」という名言がありますが、やはり人間、笑いも涙も必要なんだと思います。『蜃気楼』の頃のもぐらさんなどは、ちょうど右に傾きすぎていたんだろうな~と。今のもぐらさんは、実にバランスがとれています。これも仮面ライダーの力でしょうか。

 そしてやたらと疾風拳がかっこよかったですが、僕は正直、彼はあのぐらいのポテンシャルのある男だとは思います。『強襲遊撃分隊の日常』でリドリーさんがきれいな清水を描くという前例もありましたが、キャラというのは侮れないもので、ただのやられ役の小物として描いているキャラがすごく伸びることは、よくあることです。一方で輝けるヒーローのつもりで描いたキャラが傍目には最低のクズに堕することもよくあるのですが。いずれにしても、疾風拳は僕はずっと前から買っていました。

 今回の敵の宇治川も、これもいい悪役だなあと。実は宇治川って、今に至るまで、『空の境界』で橙子さんが語った化物の定義をきれいに満たしてるんですよね。いわく、しゃべらないこと。正体不明であること。不死身であること。彼は話はしてるようですが、同時に主人公たちと対話らしい対話は何もしていないし、自分の心境や真意についても、「殺したい」という以外は何も語っていません。実はほとんど無言も同然なんです。
 そして正体不明ということについては、『韋駄天、死す』でもここでも出ていたとおり、wikiの設定から見ても、彼が何者なのかは、今でも謎なんですよね。人間だという証拠もないし、どんな種族なのかもよくわからない。これほど不気味でいやったらしい悪役は、学園にもそう多くはありません。最後の「不死身」については、多くを語る必要もないでしょうしね。

 他にも、地道にがんばってるうちの鷹村とか、めっさ頑張ってるところが一目で想像できるにむたんとか、見どころはいろいろありますが、やはり注目したいのは、天さんの「性分だ、仕方がねぇ。背負ってなんぼの人生と、最近は思うようになった」という一言でしょうか。
 いやぁ、どうしてこう最近のもぐらさんからは、パワーワードがぼろぼろ出てくるのでしょう。この言葉ときたら、たった一言で、天さんの全人生、全存在を総括しているではないですか。この言葉だけで、「ああ、この男は不滅のヒーローなんだな」と一発でわかるし、とりあえずこの男がいれば無条件で安心できると、一目でわかります。さすがは、もぐら学園の一番手のヒーローです。二番手のヒーローは色々アレですが、同時にああでないと、この巨星と差異化することは難しいのかもしれません。

 そしてゲッターと恐竜帝国との戦いにもひとつの決着がつき、一星との線もつながってきて、物語がさらに加速しているのがわかります。この出し惜しみをしない感じ、いいと思います。ダラダラ話を引き伸ばしていてもいいことは何もないのは、数々の前例でわかっていることですし。このもぐらサーガの結末がいかなるものを迎えるのか、最後まで刮目して見守ります。
スポンサーサイト

テーマ : フリーゲーム - ジャンル : ゲーム

| ホーム | 走馬灯戦記 9話感想 >>

コメント

どうも、もぐらです。プレイ、そして感想ありがとうございます。

9話なんかは、philoさんに感想をいただいてから
自分が何を書いているのかを教えてもらってから
また書き直したりもしましたので
楽しんでいただけたのなら幸いです。


今回私は、聖を人間として書いたつもりです。
philoさんの仰る通り、聖は人間として
何一つ間違ったことは言っていません。
故に人間社会は聖を許すことでしょう。
誰もが皆、何かしらの罪を犯して
それでもなお、生きているのですから。


「以功贖罪」という言葉を私は初めて聞きましたが
philoさんの言う「真摯に生きる」ということにおいて
人間が、前を向いて生きていくということにおいて
まさしく一つの答えとも言える言葉だと思います。


10話の仙波なんかはまさに
功でもって罪を贖っていると言えるのではないでしょうか。
心を入れ替えた仙波は、ネーサーで割と重要な戦力になってます。
きっと仙波が戦うことによって救われた命もある筈です。
もしも疾風拳の閃の罪を問う者が現れたとして
多分ネーサーは仙波を庇うと思います。
仙波祐次を必要としている故に。


きっと人間社会は林家豹司の罪も許したことでしょう。
ぶっちゃけ私も許したかったです。
だからどうにか功を積ませようとしたのが
『蜃気楼』だったのだと、今は思います。


仮面ライダーギルス、葦原涼は4クールの作中で3回も恋人を失ってる男です。
大切な人を何度も失って、それでもなお、戦い続ける男です。
最初の恋人は、異形と化した葦原を恐れ逃げて行きました。
葦原はその恋人を憎まないばかりか、恋人を狙う怪人に
「二度と前には立たせない」と立ち向かいました。
例え自らが救われずとも、誰かの救いとなれる。
彼は、林家豹司が選べなかった方の道を行った男だと思っています。


長文失礼しました。またしてもphiloさんには
自分が何を書いているのかを教えていただきました。
では、失礼します。プレイありがとうございました。



追伸

私がギャグを書けるようになったとすればそれはきっと私の中に
みんなの笑顔の為に過酷な旅やカブ、はかた号やブンブンに
逃げずに立ち向かった男の姿が焼き付いているからでしょう。
彼が一生どうでしょうし続ける限り、ハッピーエンドは揺るがないと思います。


そしてあと一人、天さんに言わせた「背負ってなんぼの人生」という言葉
この言葉が似合う番長が、創作ではなく現実に存在した事実。
彼が永遠に横浜に在り続ける限り、やっぱりハッピーエンドは揺るがないと思います。

こんばんは! philoです。
書き込みありがとうございます。また創作活動お疲れ様です。

>philoさんの仰る通り、聖は人間として
>何一つ間違ったことは言っていません。

そう言ってもらえて、僕としても実にホッとしました(笑)。
特に最近は僕も、もぐらさんのシナリオの感想を書く時には、
果たして相手の真意を見誤ってはいないか、
見当違いな感想を述べていないかと気を使っているところもありますから。
まあ、聖に関しては、林家がどう言ったとしても、
僕は彼女を庇うつもりでしたが。

>「以功贖罪」という言葉を私は初めて聞きましたが
>philoさんの言う「真摯に生きる」ということにおいて
>人間が、前を向いて生きていくということにおいて
>まさしく一つの答えとも言える言葉だと思います。

リドリーさんの「遊撃分隊」でも、
全てを失った倉脇が、一介の病院の手伝いとして、
人生をやり直していた光景がありました。
仏典でも、殺人鬼のアングリマーラが仏弟子となって
罪を悔いている物語がありました。
実際、加害者の人権が重視されすぎる傾向のある現代日本では、
逆に理解されにくい概念だと思うのですが、
死罰の適用をしないならば、
これしかないと論理的に思ったのですね。

仙波が改心して戦ったとして、
かつて彼が殺めた人の遺族にはそんなことは無関係だとします。
でも同時にそれは、現在仙波に家族を救われた人にとっては、
かつての仙波の罪は無関係だということでもあるんですね。
政治学者の丸山真男は『「である」ことと「する」こと』という論文を
著していますが、「殺人者である」ことよりは、
「贖罪の行為をする」ことが重要なのだと思います。
当然、逆もまた然りではありますが。

>だからどうにか功を積ませようとしたのが
>『蜃気楼』だったのだと、今は思います。

林家に関しては、『蜃気楼』を見ていても思ったのですが、
最終的には、もぐらさんも人間社会も彼を許しているのですが、
たった一人、彼を絶対に許せない人間がいたんです。
ほかならぬ、林家自身です。
彼が己を許したその日こそ、復讐の鬼・黒騎兵の旅路に終止符が打たれ、
林家が最愛の人のもとへ赴く日なのかもしれません。

>仮面ライダーギルス、葦原涼は4クールの作中で3回も恋人を失ってる男です。
>大切な人を何度も失って、それでもなお、戦い続ける男です。

やはり仮面ライダーという物語は壮絶であり凄絶だと感じますね。
物語の王者と言ってもよいかもしれません。
僕は得意分野を異にしていますが、
もぐらさんの持っている知的資産の大きさを、
もぐらさんの説明によって感じ取りました。
いいものを見てきたのだな、と思いますね。

>長文失礼しました。またしてもphiloさんには
>自分が何を書いているのかを教えていただきました。

そう言っていただけると、本当にうれしい。
僕も『学園演義』以来、もぐら作品をずっと見続けてきた歴史があるから、
その集大成ともいえる作品に対しては、
僕も真摯に向き合いたいと思っています。
その気持ちがわずかなりとも通じたとしたら、
僕が様々なかたちで文章を読み、また書いてきた意義はあったのだという気がします。

>はかた号やブンブンに逃げずに立ち向かった男の姿
>この言葉が似合う番長

僕は残念ながらその人物を知りませんが、
その代わり僕には、天地を棺となし妻の死を笑顔で送った哲人が、
己の脆さを知るがゆえたった一人で世界に立ち向かう炎の魔女が、
創作することの意味を人生をかけて体現した自分の母が、
その他数々の英雄や賢者たちが僕を支えてくれています。
お互い、生きてきたのだなあ、と、もぐらさんの言葉を見て思います。
僕がなにを得て生きてきたのかは、あえて言葉で多くを語らず、
いずれ作品で語るとしましょう。
それでは、もぐらさんもご健闘を。

余談ながら、「以功贖罪」は僕の造語ではありません。
呉書・凌統伝にある言葉で、
自らの父を侮辱した陳勤を斬った凌統が自首したとき、
呉主孫権がこれを言って凌統をなだめたそうです。
概念自体は前から漠然と頭にあったのですが、
試しに検索してみたら、この言葉に行き当たりました。
google先生は偉大だなあと、よく思っています。

コメントの投稿

URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


 BLOG TOP 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。